2004.12.08

ナイロン100℃『消失』

紀伊国屋ホールでナイロン100℃『消失』を観た。感想書くのでこれから観る方はネタバレ注意です。
ナイロンを観るのは初めて。ケラはナゴムの頃から気になる存在だった。だから劇団健康を旗揚げしたときから何度も行こうと思ったことがあったのだが、何度となく機会を逃して10数年経ってしまった。今回は八嶋智人が客演ということもあって、楽しみにしていた。八嶋智人は『おかしな二人』で一度観ている。高橋克実とコンビで出ていて、『トリビア』や『ミラクルタイプ』まんまな演技が可笑しく、笑わされたっけ。

公演は、すごく良かった。
想像していたよりずっとずっと良かった。
「今回は笑いはないんだってさ」
ナイロンを今まで何度も観ている同行の友人はそう言ったが、私はとにかく観たことがないので、そっかいつもはかなりコメディなんだなとぼんやり思っただけだった。
開演して、なるほど、言葉のやりとりにクスッと笑うところはあってもドタバタしたものではまったくない。妙に胸にズシっとくる。
私は昔から、「記憶」を操作されたり、抹消されたり…というエピソードに弱い。条件反射のように心を揺さぶられるのだ。当然自分の身の回りでそんな現実が起きたことはないが、なぜか当事者の気持ちに入ってしまって胸が苦しい。そのせいもあるのかもしれないけど、『消失』は良かった。
月の話も哀しくてね、もうニ度と戻らない人々に思いを馳せたりしてみた。そうだ、なんか哀しい話だったんだ。笑う箇所はあっても全体のトーンは哀しいの。悲劇というんじゃなく、哀しい人間たちの話。
演出が良かった。ケラさんてやるなぁ。伊達に岸田獲ってないっすな! 映像の使い方がとってもカッコよかったし、使われたアニメのタッチが良くて、なんともイケてました。それに音楽。『Happy Together』がすごく効いてた。これにキュンときましたね。
役者さん達の演技は言うまでもない。なんて達者なんでしょう。
大倉孝二って大きいなぁー。知らなかったよ。まわりが小さいせいか際立っていた。
また観たいぞ、ナイロン100℃。

あ、でもね、パンフレットはやりすぎの感。ナイロンのパンフっていつもこんなに豪華なの? まるで写真集みたい。興味深い読み物ページもあるけど、豪華写真はこんなにたくさんなくてもいいからもう少し安くしてほしいなと思った。

▼名曲ですね
B0002XBPXQ.01.LZZZZZZZ
Happy Together: The Very Best of the Turtles

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2004.11.21

大人計画『イケニエの人』

世田谷パブリックシアターで、大人計画『イケニエの人』を観た。
『ドライブイン カリフォルニア』も良かったし、映画『恋の門』もおもしろかったのでちょっと期待が大きすぎたかもしれない。なんというか淡白な印象だった。
「え、終わり?」
みたいな。
「松尾さん忙しかったから?」
みたいな。
豪華キャストで笑えたし楽しんだのだけれども。
ま、こんな日もあるか。もう一度観たら印象違うかもしれない。チケット入手困難じゃもう一度は無理か。

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2004.10.30

ハロウィンと北海道の七夕

明日はハロウィン。でもだから何かをしたってことは一度もないけど。
ハロウィンには仮装した子供たちが近所の家を回ってお菓子をもらう慣しですが、北海道にもそれに似た風習がありました。今も行っている地域があるかもしれません。
北海道の七夕は仙台七夕と同じ、八月七日に行います。笹はあまりないので堤防で小さな柳の木を切ってきて、短冊などを飾ります。そして七夕の夜、近所の子供達が5〜6人グループで、浴衣を着てちょうちんをぶら下げ、近所の家庭を回ってろうそくをもらうのです。私の頃は浴衣着るのは女の子だけだったけど。

ろうそく出〜せ 出せよ〜
出さないとかっちゃく(引っ掻く、の意)ぞ〜
おまけに喰いつくぞ〜♪

と玄関先で歌うと、家の人が出てきて、ちょうちん用の小さなろうそくをくれるんです。町内を1、2時間廻ると結構たくさん貯まるんですよね。なぜろうそくを集めるのかはわかりません。ろうそくのかわりにお菓子やお金(10円〜50円くらいだったかな)をくれる家もあったけれど、なぜかろうそくをもらうのがうれしかったです。ろうそくなんて七夕のとき以外、使うことはなかったのにたくさん貯まるとうれしくて。まぁそのときもらったろうそくは翌年我が家に訪れた子供達に配られるので、子供のいる家庭をぐるぐる回っているだけと言えなくもないのですが、近所とはいえ、年の近い子供がいない家庭とはまったくおつきあいがないので知らないおじさんやおばさん、おじいちゃんおばあちゃんと触れあうよい機会でもあったと思います。

私の10代の甥や姪は北海道で育ちましたが、このろうそくをもらう風習を知らないといいますから、少子化とともにあまり行われなくなっているのかもしれません。私もやっていたのは10歳に満たない頃まででしたが、参加しなくなって2、3年でうちに子供達が訪れることもなくなりいつまでそういった風習を続けていたかはわかりません。

東京に来てからこの話をすると、誰も知らないので北海道だけの風習のようですが、北海道の歴史なんて先住のアイヌ文化を除けば開拓団が入ってからせいぜい百数十年、独特の文化というよりは移住してきた人が元居た土地から持ち込んだ文化が根付いたのではないかと思うのです。北海道以外の土地でやってるところはないですかね?

七夕だけでなく、ハロウィンが近づくと思い出す子供の頃の楽しい思い出です。ハロウィンも、キリスト教でない限りあまり関係のない行事ではありますが、子供の頃のイベントって大人になってからのよい思い出になるので細かいことにこだわらずどんどんやったらいいのに、と私は思うんですわ。

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2004.10.24

グッゲンハイム美術館展

行こう行こうと思っていてなかなか行動に移さないでいたら今日が最終日。どうも不精でいけない。森美術館でやってたMoMA展も見逃しちゃったし、映画『茶の味』ものろのろしているうちに見逃しちゃったし。で、観たいと思ってた『恋の門』も観ることにして久しぶりに渋谷に行った。

グッゲンハイム美術館には思い出がある。
あれは私がNYに住んでいた時のこと…
というのはウソで、NYに観光旅行へ行ったときのことだ。へへ、ちょっとカッコつけたかった。
当時NYに住んでいた友人Sちゃんを頼って遊びに行ったのだが、メトロポリタン、MoMAと案内してもらいながら観て回り、
「じゃあ私はこれから仕事だから」
と、取り残されてたった独りで向かった初めての場所だった。
英語はまったく話せないけどガイドブック(お馴染み『地球の歩き方』)は持っていたし、美術館なら観光名所だからすぐわかるだろうと思っていたのだが、イエローキャブのドライバーも場所を知らなかった。ガイドブックに出てる住所を見せたものの、
「多分このへんだよペラペーラ」
と適当に車を降ろされて、うろうろ探した。街行く人に尋ねても誰も知らない。何人も尋ねてやっと一人、
「この住所だとおそらくこっち行ってこう曲がってああじゃないかしら?ペラペーラ」
と教えてくれた人がいて、ようやく辿り着くことが出来た。あれほど、学校でもっとちゃんと英語勉強しておくんだった、と後悔した時はなかったなぁ。
グッゲンハイム美術館は思ったより大きくなかった。洒落た建築物だけど、背がそんなに高くないしわかりにくかったのだ。方向オンチだし。
内容は、実はあまり覚えていなかった。だってメトロポリタンとMoMA観た後でしょ? どこでどれを観たんだったか今一つ判然としないのだ。コンテンポラリー系が多かったように思ったけどMoMAもそうだし。で、再確認の意味もあって今回是非行きたかったのだ。長ーい前置き。

Bunkamura ザ・ミュージアムはあまり広くはないけど、いい作品が揃っていたと思う。そんなに混んでいなかったし観やすかった。前にも観た作品かどうか怪しいものも多々あったけど、有名な作品も多く、美術の教科書を見るような顔ぶれの豪華さ。
私がいいな〜と思ったのはモンドリアンの『コンポジション8』。『青の菊』も美しいけど、モンドリアンは微妙な色がやはり。もし自分の部屋に飾っていいとしたら絶対これ。
それとピカソの『黒いマンティーラを掛けたフェルナンド』。これは物憂気な表情がなんとも気になるです。私は美術には疎いので言われなきゃこの作品はピカソとわからないけど素敵。
もうひとつピカビアの『ミスタンゲットの肖像』。こういうマットな、言い方が正しいかどうかわからないが、イラスト的な絵は大好き。

どうも好き、嫌い、でしか芸術を語れない。気持ちのいいものが好きで気持ち悪いのは嫌い。不思議は好きだけど不気味は嫌い。訴えかけられる作品に感動することはあるけど、憎悪や苦しみが出発点になっているような作品は深い哀しみを感じることはあってもあまり好きではない。
抽象画は色や形やテクスチャーで好き嫌いを判断できるので楽しい。解説を読むと、そういう意味があったのかーと感心したりもするけど、「…と解釈できる」と書いてあると、なんだ想像じゃん、と思っちゃう。
具象画も、描かれたバックボーンを知るとより深く作品に触れることができるのだろうけど、1枚の絵として説明なしにただ感じることのほうが私には心地いいかも。
芸術を理解する人には叱られちゃうかもしれないけど今後も自分の好き嫌いを頼りに鑑賞していこうと思うのだった。

絵画観賞後観た『恋の門』についてはまた後日。

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2004.09.01

ハンパンダ

野田凪という人は才能があるなぁと思う。
この人の存在に気づいたのはわりと最近で、
友人が「月桂冠の、西川のりおが歌を歌ってる着ぐるみが踊るCMが異様だ」
といい始めてから。

NODA

ああ、そういえばレトロな顔の動物着ぐるみが出てるCMがあるなぁと思って
調べたらディレクターがこの人だった。
経歴を見ると実に華々しい。
有名な広告デザイン会社を経て…私の大好きな大貫卓也さんの事務所にもいたのかぁ。
で、独立。なんか「金持ちA様アートディレクター編」ってカンジだ。
現在野田さんはハンパンダという、
またしても着ぐるみのキャラクターを展開している。
右半身がパンダで左半身が他の動物というヘンテコなものだが
なんだかちょっと気になってしまう。
キャラの顔がレトロなせいかもしれない。
こういう顔のファンシーキャラって'70年代前半くらいまでのものだと思う。
最近も時折キッチュ系雑貨などで見かけるが、
それに似たかなり確信犯的なもので、本気でかわいいものが好き! というのじゃなく
ちょっぴり毒のあるカンジを醸し出してるとこが気になっちゃうし、
頭のよさを感じるのだと思う。
うらやましいなー。

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2004.05.16

5月はモッズ

5月15日、渋谷でVESPAの集団を見た。
同じ車やバイクの愛好者が集まって走っているのはたまに見かけるが、
VESPAがあんなにたくさん連なっているのは初めて見た。
ミラーをたくさんつけていたり、
ファッションは、細身のスーツや、
女の子は60'Sテイストのミニワンピースでドレスアップしていたりで
「あれはモッズの集団だっ」と思った。
不粋ながらおこがましくも荒く説明すると、
モッズとは日本のロックバンドTHE MODSや美容室ではない。
60年代〜のイギリスのムーブメントのひとつで、
ロッカーズとかパンクとか、太陽族とか(コレ違うな)
そういった、カテゴリーのひとつに捉えると遠くもない気がする。
ファッションにもひとつの傾向があってタイトで粋だ。
乗り物はVESPAかランブレッタと決まっている。
ポール・ウェラーとか『さらば青春の光』とか杉村ルイとか
そういう世界。知らない人は余計わかんないか。
とにかく、何度か静かにブームを繰り返しつつ、
最近流行ったという話は聞かないが私は好きだ。
モッズが生まれた背景は理解していないし、
音楽に詳しくはないがとってもかっこいい。
でも音楽に限ることじゃなくて、
あのスタイルや在り方に憧れたものだ。

帰宅してから調べたらちょうど15日はクラブチッタで
『MOD MAYDAY '04』が開催されたとのこと、
あの集団は徒党を組んでクラブチッタに向かう途中だったのかも。
モッズメーデーは一度も行ったことないが、
80年代から続くモッズイベントで、毎年5月にやっていた。
なぜメーデーなのか知らないけれど今も続いていたとは頼もしい。

しかしこのVESPAの集団でちょっと残念だったことがある。
土曜の渋谷の混雑時に暴走こそしないものの
集団走行はどうなの? ってこともあるけど
一番イヤだったのは、先頭を走る数台が細長〜い棒を立てて、
そのてっぺんに動物のしっぽ毛皮をつけていたこと!
浜崎あゆみ御推薦の、昔のヤンキーが愛したアレだ。
モッズですから! 残念っ!
なんであんなものをモッズが着けているのか理解できない。
あれはモッズの真似をした元暴走族上がりの珍走団だったんだろうか…?
それともモッズじゃなくてただVESPA愛好者の集まりだったんだろうか。
だとしたらきっと一緒いたモッズな人は
先頭を走る動物のしっぽを苦々しく思ったに違いない。
ああいうときははずさないで決めてくれないとガッカリしちゃうよね。

追記
コメント覧を読んでいただけるとわかりますが、
しっぽ毛皮はModsアイテムとして認知されていることを知りました。
思い込みで元ヤン呼ばわりしてすみませんでした。

▼このムックではしっぽ確認できず。
 当時3220円したのにな〜。
 今半額近いの。ちぇっ

0859651738.01.LZZZZZZZ
Mods!

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2004.05.09

『ドライブイン カリフォルニア』

大人計画のユニット、日本総合悲劇協会『ドライブイン カリフォルニア』を
下北沢・本多劇場で観た。
本多劇場は10年ぶりくらい。下北沢は1年ぶり。
昔は時々遊びにいったが最近はめっきりごぶさたで
本多劇場に行くのに迷子になってしまった(恥)。
一度は住んでみたいと上京したころから思っていたのに
なんだか下北沢から拒絶されたような寂しさを感じた。

『ドライブイン カリフォルニア』はおもしろかった。
松尾さんて上手いなぁ。
最近はヨン様似と評判だがぼーっとした人相に似合わずホント才能あるわ〜〜。
話もおもしろかったけど役者がいい。
みんな濃くて。あんな個性的な面々の中にあって
小池栄子が意外にすごくよくて。
頭のいい子だなぁと思った。
あぁ〜、芝居っていいですよねぇ。
演ってるほうも気持ちいいんだろうなぁ。

ところでストーリーに絡んでくる竹の花、
なんともミステリアスだ。
竹の開花は見たことがないけど120年に一度、というのはすごい。
100年に一度、というのも聞いたことがあるけど
竹の種類によって違うのかな。
花が咲くと竹林が枯れてしまうことから不吉な言い伝えが多いようだが
そこがまた魅力なのか昔からよくマンガやドラマなどのエピソードに使われる。
私が初めて竹の花のエピソードを使った作品をみたのは
70年代りぼん・のがみけい作『竹の秋』だったと思う。
ちょっとこわい話で、
『ドライブイン カリフォルニア』とはかなりかけ離れた世界ではあった。

余談だが帰りに駅で友人が木野花さんと永井愛さんを発見。
下北沢ではよくある光景かもしれないが、
ミーハーなのでちょっとラッキー。

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2004.05.04

五月女ケイ子のイラストは

脱力劇画家・五月女ケイ子のイラストは
なぜいつも空を見上げて絶叫&号泣しているのでしょう。
彼女のイラストはかわいくもないし綺麗でもおしゃれでもないけれど
ぐにゃぐにゃした線が泥臭くも迫力があって
大好きとは言わないけれど、なんだか気になります。
インパクトって大切なのね、と思う今日このごろ。

(参考)
4594042813.09.MZZZZZZZ.jpg
(図解)世界のしくみ
イラスト/五月女ケイ子

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2004.04.25

『太鼓たたいて笛ふいて』

新宿、紀伊国屋サザンシアターで、
こまつ座・井上ひさし作・大竹しのぶ主演『太鼓たたいて笛ふいて』を観て来た。
友達に誘ってもらい、それ以上の情報を持たずに出かけて行った。
こまつ座も井上ひさしも大竹しのぶも
以前から一度観たいとは思っていたものの観たことがなく、
思ったよりチケットが安かった(5250円)こともあり行くことにした。
内容は戦時中〜戦後の、人気作家林芙美子の人生を描いた音楽劇。
要所要所で効果的に音楽が使われていたと思う。生ピアノも良かったし。
再演とのこと、初演の評判が良かったであろうことは観て納得がいった。
大竹しのぶがとても華があって魅力的で、
私のようなドシロウトがいうのもナンだが、うまかった。
出演者みなさん好演されていたが
母・林キクを演じた梅沢昌代がすごくよかったと思う。
人が好い明るい母として観衆を笑わせ、
年老いた演技も自然で感心した。
私は林芙美子についての知識はほとんどなく、
『放浪記』という作品で有名な、波瀾に満ちた作家、
…くらいの認識しかなかったが
戦後の芙美子の後悔と決意は胸を打つものがあったな。
観に行って良かった。

余談だが客席に野田秀樹さんを発見。
友人は劇団☆新感線の中島かずきさんもいると言っていた。
なんとなくちょっとラッキー。

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2004.02.28

若いコの一人称「うち」

ここ数年、10代の少年少女が自分の事を「うち」と言っているのを
よく見聞きするようになった。
テレビや雑誌投稿などで頻繁に見かけるので
それほど地域的な一部の流行ではないようだ。
方言(どこのかわかりませんが)で使われる、
前にアクセントがくる「チの名前はラムだっちゃ!(古…)」の
チ」ではなく、
「そこが私のうちです。」のときに使う平板読みの「うち」。
特に小中学生のローティーンが使っているように思うけど
私の身近にその年頃の子がいないせいか聞き慣れず、なんとなく違和感がある。
「うちは」というときは一般的には自分の家族を含めた「僕、私の家では」
というときに使ってきたと思うがなぜ今それが変わってきたんだろう。
使っている少年少女は深く考えてはいないと思うが
自分をボカしてしまわないだろうか。
たまに「男ってヤツはさぁ」とか「女のイヤなとこ見せちゃったぁ」なんて言って
あたかも自分の否を性別による性質であるかのように置き換えてごまかす人がいるけど
「うち」の中にそういう気持ちが忍び込みやしないかとちょっと思う。
うまく言えないけど自分の意見を言う時、
「うち」の中に「父さんも母さんも姉ちゃんも」という意識を持ち込んで、
自分ひとりじゃない、
我が家ではスタンダードな意見であるという安心感を得ると同時に
アイデンティティを弱めてしまうようなかんじ。ちょっと考え過ぎか。
昔昔、私が小学生の頃、女子の間で自分のことを「ボク」というのが流行った。
多分学校単位よりはもっと幅広く流行していたように記憶している。
当時人気マンガの主人公であるボーイッシュな少女が
一人称を「ボク」としていたのを
気に入った誰かが真似て使い始めたのだろうと思う。
私は、マンガの主人公になりきっているような、
そんな気恥ずかしさを感じたから使わなかったけど。
話を戻すが「うち」はいったいどこから派生したものなのか?
誰が使い始めてどのくらい使われているのか?
マンガやアニメや小説やアイドル…??
10代の人、またはその身近にいらっしゃる方、知ってたら教えてください。

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